新刊情報 ★★★★『人間科学のためのナラティヴ研究法』 

 

narrative ナラティヴ分析の入門書としての本書の特色を以下に挙げる。
 その第一は、ナラティヴ分析法を簡潔明瞭に系統分類している点にある。リースマンは、構造分析、テーマ分析、会話/パフォーマンス分析、ヴィジュアル分析という分類を提示する。リースマンの分類法は明確であり、ナラティヴという概念のもつ幅広さや多様性を取り込んだものになっている。それぞれの分析法の「模範例」として示されている実際の研究例を見ればよく理解されるであろう。
 第二の特色は、研究がもたらす知見というものの文脈依存性に気づかせてくれるという点である。従来の研究報告では、語られたデータが示される際に、それがどのような「ローカルな文脈」(研究者と研究参加者との相互作用)の中で生み出されたのかを示すことはほとんど行われてこなかった。リースマンは、自らが行った研究のデータを用いて、そのような舞台裏を読者に見せ、同じデータであっても、異なった方法によって分析した場合には、まったく異なった知見をもたらしうることを示している。
 第三の特色は、読者自身による発見を促す、英語でheuristicと表現される態度である。各章には、それぞれの研究方法を示す実例が紹介されている。リースマンの解説に導かれながら、読者は各々の研究例に埋め込まれている様々なヒントを発見していくことができる。
監訳 大久保功子(東京医科歯科大学・教授) 宮坂道夫(新潟大学・教授)


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―内容目次と【翻訳担当者】―
 まえがき                   【大久保功子】
第一章 振り返り、先をよむ       【大久保功子】
第二章 研究のためのナラティヴの構築  【大久保功子、矢郷哲也(東京医科歯科大学・大学院)】
第三章 テーマ分析           【大久保功子】
第四章 構造分析            【齋藤君枝(千葉科学大学・教授)、坂井さゆり(新潟大学・准教授)】
第五章 対話/パフォーマンス分析    【大田えりか(国立成育医療センター研究所・室長)、田中美央(新潟大学・助教)】
第六章 ヴィジュアル分析         【岡部明子(東海大学・准教授)】
第七章 複数の真実と留意すべき点    【伊藤道子(北海道医療大学・准教授)】
原 註                    【菊永 淳(新潟大学・助教)】

               

「監訳者あとがき」より 

本書は、Catherine Kohler Riessman による、Narrative Methods for the Human Sciences の全訳である。著者リースマンについて、原書には生年も記されておらず、以下のような簡潔な記載があるのみである。―キャサリン・コーラー・リースマンはボストンカレッジ社会学部のリサーチ・プロフェッサーであり、ボスト大学の名誉教授および、英国のイースト・ロンドン大学ナラティヴ研究センターの客員上級研究員でもある。はじめはソーシャルワークを専門として、コロンビア大学で社会医科学・社会学の博士号を取得した。リースマンは、医療社会学とナラティヴ研究に関する4冊の著書、多数の論文および分担執筆した書籍を刊行している。

リースマン自身が自らの人生について語った記事が、ごく最近出た「Qualitative SocialWork」誌に掲載されている。いかにもナラティヴ研究の第一人者らしく、「私の身に起こったことの中に、一定の秩序と意味を見いだしたい。これこそが個人的ナラティヴの主要な機能なのだ」と述べながら、波乱に満ちた研究者人生を振り返っている。かいつまんで紹介しよう。

彼女の人生は、「1940年代と50年代初頭の北カリフォルニア」で始まった。共和党を支持する家庭に育ち、修道院付属学校で教育を受けた。そこにいた修道女の一人が、米国南部の奴隷経済をテーマにスタンフォード大学で学位論文を書いており、人種の不平等や抵抗運動の話をリースマンに語って聞かせた。やがて両親が離婚し、高校時代はニューヨークの「エリートの私立女子校」で過ごした。折しもマッカーシズムの絶頂期であったが、リースマンたちは『共産党宣言』を論じあった。家でその話をすると、弁護士で判事を務めた経験もある母親は、躍起になって資本主義の弁護をしたという。

50年代の半ば、大学はニューヨークのバード・カレッジを選んだが、そこは伝統的な考え方にとらわれない教授陣の「巣窟」であった。とりわけ、ハンナ・アレントの夫で詩人・哲学者のハインリッヒ・ブリューヒャーのセミナーに参加して、哲学に関心を持つようになる。社会学や心理学よりも文学に関心を抱き、「精読」の価値を知る。

60年代後半、彼女はソーシャルワークの大学院に身を置き、精神保健分野の臨床現場を見ることになる。そこで、予期していた人生の行路が途絶されるという経験が人々にもたらすインパクトというものに関心を抱く。

70年代はコロンビア大学公衆衛生大学院で、社会学理論、社会研究法、社会階層化、疫学、生物統計学、保健政策を学び、精神疫学をテーマにした量的研究で学位論文を書いた。そこで性役割をテーマにしたサマーコースに参加し、「これが永久に私の思考を変革した」という。まさにフェミニズムが米国を席巻し、社会科学にも大きな影響を及ぼしつつある時代だった。リースマンは、次第にナラティヴ的な関心、すなわちライフイベントが個人や集団にとってどんな意味を持っているのかに関心を抱くようになる。しかし、当時のコロンビア大学には、本書で度々言及されている「物語的転回ナラティヴ・ターン」の波は届いておらず、シカゴ学派社会学などの新しい波に直接触れることができなかった。80年代半ば、リースマンは40代半ばの年齢になり、三人の子どもを育て、ハーバード大学の精神医学科でポスドク研究員となった。そこで恩師エリオット・ミシュラーに学びながら、ついに本格的なナラティヴ研究の道を歩み出す。この時こそ、「最良の頭脳」とリースマンが呼ぶ人々、すなわちブルーナー、サービン、スペンス、ミシュラーなどの心理学者、マイヤーホフ、ラビノー、ブリッグスなどの人類学者が物語的転回に飛び込み、数々の優れた著作を生み出した時代であった。リースマン自身には、少し前に着手していた離婚の研究でのインタビューの最中に語られた「長いストーリー」が格好の題材となった。リースマン自身の研究は本書で詳しく紹介されており、それ以外の研究者の仕事のいくつかも、本書で触れられている。リースマンは離婚研究の成果をDivorce Talk という最初の書籍として1990年に刊行した。ナラティヴ研究そのものの起源がもっと古い時代に(本書でも論じられているように、アリストテレスにまで)たどれるとしても、それが一挙に花開いたのは、今からわずか30年ほど前のことであり、ナラティヴ研究がいかに若いものであるかが分かる。リースマン自身が研究者として脂の乗りきった時期に、その奔流の只中に身を置いたことで、百花繚乱のように咲き乱れるナラティヴ研究の全体像を、きわめて冷静に眺め続けることができたのではないかという気がする。リースマンは93年と94年に研究方法に関する著作を刊行した。これらは比較的短いものであったが、ナラティヴ研究を学ぼうとする人たちに好評を博し、2008年に本書を刊行した。

次に、ナラティヴ分析の入門書としての本書の特色について触れておきたい。ただし、ナラティヴ分析あるいはナラティヴ研究そのものについては、本書の各章でわかりやすく論じられており、解説の必要もないであろうから、わが国の読者、とりわけ実際にナラティヴ分析を研究に採り入れたいと考えている人にとって、本書がもつすぐれた特色を述べておきたい。
 その第一は、ナラティヴ分析法を簡潔明瞭に系統分類している点にある。第1章で「ナラティヴ」という言葉の定義さえもが研究者によって異なっていることが述べられているが、ナラティヴ研究はその対象や方法がきわめて多様であるがゆえに、これまでの研究者は、これらを系統的に分類すること自体にほとんど取り組んでこなかった。これに対して、リースマンは、構造分析、テーマ分析、会話/パフォーマンス分析、ヴィジュアル分析という分類を提示する。本人が述べているように、これ以外にも分類の方法はあるのだろうが、リースマンの分類法は明確であり、なおかつナラティヴという概念のもつ幅広さや多様性を取り込んだものになっている。そのことは、それぞれの分析法の「模範例」として示されている実際の研究例を見ればよく理解されるであろう。

第二の特色は、研究がもたらす知見というものの文脈依存性に気づかせてくれるという点である。第2章と第7章では、これを正面から取り上げているが、他の章においても、文脈依存性への配慮が徹底している。従来の研究報告では、語られたデータ(しばしば整えられたもの)が示される際に、それがどのような「ローカルな文脈」(研究者と研究参加者との相互作用)の中で生み出されたのかを示すことはほとんど行われてこなかった。しかし、リースマンは、自らが行った研究のデータを用いて、そのような舞台裏を読者に見せ、同じデータであっても、異なった方法(あるいは異なった視パースペクティヴ

点)によって分析した場合には、まったく異なった知見をもたらしうることを示している。

第三の特色は、読者自身による発見を促す、英語でheuristic と表現される態度である。本書の各章には、それぞれの研究方法をわかりやすく示す実例が活き活きと紹介されている。いずれの研究例も非常に面白く、読み物として飽きさせないものになっている。しかし、それは単なるジャーナリスティックな面白さではなく、研究としての視点の新しさや方法論上のユニークさを含んでいる。リースマンの解説に導かれながら、読者は各々の研究例に埋め込まれている様々なヒントを発見していくことができる。研究を志す読者は、そうしたヒントを手がかりに、自らの研究課題に対して新しい方法を考案し試みてみようという気になるのではないか。

「ナラティヴ」という概念は、最近ではわが国でも人文社会科学から医療分野に至る非常に幅広い領域で、大きな関心を寄せられ始めている。ナラティヴをテーマにした書籍や研究論文は多数刊行されている。ところが、質的研究法としてのナラティヴ分析について書かれたものはほとんど見当たらない。そのため、論文などで「ナラティヴ」を扱ったとしているものはあるが、ナラティヴ分析がどのようなもので、他の方法とどこがどう違うのかを明確に説明したものはきわめて少ない。本書の翻訳者は、全員が医療・看護分野の研究者であるが、医療という分野では、方法論が無規定であることが歓迎されない。これはナラティヴ分析に限らず、質的研究法全般に対して、医療分野での受け入れが悪いことの一つの理由になっている。例外的と言えるほどに質的研究法が受け入れられている看護学領域でも、例えばグラウンデッド・セオリー・アプローチのように、分析の方法がある程度規定されているものの方が今のところよく使われている。リースマンの提案する分類が受け入れられることで、そのような状況が少しでも改善されることを期待している。

本書の翻訳を思いつき、リースマンに電子メールを出して快諾を得てから、実際の刊行までに5年もかかってしまった。リースマンの文章はさほど難解ではないと思われたが、実際に翻訳を進めてみると、哲学、心理学、社会学、人類学、文学、はたまた米国の現代社会史に至るまでの幅広い用語や概念が使われていて、訳出に苦慮した点も数多くあった。その間、辛抱強く待っていただいたクォリティケア社の鴻森和明さんには、感謝とお詫びを申し上げなければならない。本書の翻訳は、訳者たちが各章を訳出し、それを監訳者が手直しするという手順で進められた。徹底した点検を行ったつもりだが、なおも不十分な点が残っていることを危惧している。しかし、いつまでもこの価値ある本を筐底に納めておくことはできず、ナラティヴ研究に関心を持つ人たちの批判を仰ぐつもりで刊行した。


2014年9月 監訳者を代表して宮坂道夫


*1 Riessman, C. (2014). Twists and turns: Narrating my career, Catherine Kohler Riessman.

Qualitative Social Work, 1473325014522285.

 

目 次

第1章 振り返り、先をよむ

 ナラティヴとは何か
 ナラティヴは何をするのか
 ナラティヴ分析とは何か
 「物語的転回」
 本書の構成

第2章 研究のためのナラティヴの構築

 ナラティヴの契機としてのインタビュー
 解釈としてのトランスクリプト-研究例
 英語でのある会話-二つのトランスクリプトの対比
 トランスクリプト 2・1
 トランスクリプト 2・2
 トランスクリプト 2・3
 翻訳された会話
 トランスクリプト 2・4
 結論

第3章 テーマ分析

 インタビューとの取組み
 1.病いの語りについての研究
 2.法権力に対する抵抗のストーリー
 記録文書との取り組み
 エスノグラフィー的な取組み
 結論

 

第4章 構造分析
背景
節の機能への注目-ウィリアム・ラボフのアプローチ
トランスクリプト 4・1
(覚えているもので、いちばん重大な喧嘩、心にひっかかっている喧嘩は何でしたか……)
トランスクリプト 4・2
(南米で何があったのですか。)
離婚のストーリーの分析-ラボフの応用
トランスクリプト 4・3
ストーリーの集まりを横断して節を分析する-看護学の例
言説の構成単位への着目-ジェームズ・ジーのアプローチ
人生誌の断裂のストーリーの分析-ジーのアプローチの応用
トランスクリプト 4・4
トランスクリプト 4・5
結論

 

第5章 対話/パフォーマンス分析
勤務最終日を演じる-身体障がいと男性的アイデンティティ
トランスクリプト 5・1
声を上げる-教室の怒れる少女たち
トランスクリプト 5・2
トランスクリプト 5・3
トランスクリプト 5・4
普通ということの顕現-1年生の教室でのパフォーマンス
トランスクリプト 5・5
トランスクリプト 5・6
トランスクリプト 5・7
トランスクリプト 5・8
トランスクリプト 5・9
結論

 

第6章 ヴィジュアル分析
ナラティヴ研究における映像 
1.第二次世界大戦中の日系アメリカ人の映像化
2.病いの経験の映像化
3.自分を書く/自分を描く
4.アートを作る、自己を作る
5.ビデオ日記の映像化
トランスクリプト 6・1
結論

 

第7章 複数の真実と留意すべき点
妥当性の問題の切り口
状況に埋め込まれた真実
歴史的真実と一致
一貫性、説得力、プレゼンテーション
プラグマティックな活用
政治的な活用と倫理的な活用
結論

 

監訳者あとがき

 

索引



価格 本体3,500円+税   ISBN978-4-904363-44-7 C3047


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